「仏衣」 二代 後藤 久慶 作
こちらの作品は先代の代表作です。
先代が若い独身時代に大病を患ったことが有りました。
長いこと床に臥せていたある日、夢枕に仏様が立ちました。
ところが、仏様のお顔が穏やかな面立ちで無く、怖い顔で先代を睨み付けていました。
先代は夢の中で、「こうしてはいられない、自分は死んではならない。早く体を直さなければ。」
と思ったそうです。
不思議な事に、あれほど続いていた高熱も翌朝には下がり始め、そのまま快方に向かいました。
そのような出来事から先代は仏像を彫ろうと思いました。
しかし大病の後で体力も無かったので、こちらの作品を彫ったそうです。
その時の気持ちを「自分は生きるか死ぬかの境目を薬師如来のお袖にすがって生かされたのだ」と後に語っております。
このような非常に個人的な体験を元に制作されたこの作品は、生涯を通じ、何人ものお客様に譲ってほしいといわれ続けましたが、依頼を全て断りました。
唯一、当家から外に出たものとしては菩提寺である「鎌倉五山第三の寿福金剛禅寺」に奉納したのみです。
先代の亡き後に、仕事場の整理をした際に、習作がいくつも出てきましたが全て人目に触れないようにされておりました。
習作は、刀を鋭く研ぎあげて彫ったのであろう事が感じられますが、
完成した「仏衣」は当然、刃物は研ぎあげているのですがそれを感じさせず、やさしいカーブを描き、まるで本物の絹でも纏っているかのような柔らかい彫刻に仕上がっております。
後日談ですが、私の展覧会にいらしたお客様の中で昔、先代が別の時に入院した際に、同室の方とおしゃべりしていたのを聞いたという看護婦さんがお出で下さり、「この衣文を彫るのに京都に行って数日間、お坊さんの袖だけを眺めて研究したという話を聞いたわよ。」と教えて下さいました。
私の知らなかった話だったので、なんとも不思議な気持ちがしたのでした。
三代 後藤久慶